企業を経営している以上必ず支払う必要がある社会保険料。近年では新型コロナウイルスの影響などによって支払えない会社が増加傾向にあります。さらに社会保険料を既に滞納しているという企業も多く、対処方法に悩んでいる方もいらっしゃるのではないでしょうか。一見滞納しても年金事務所であれば、相談に乗ってくれると考えている方も多いですが、実際は滞納することによって経営に大きな影響を及ぼすため、リスクと対処法を事前に理解しておくべきです。本記事では社会保険料を滞納した場合に起きることと対処方法を紹介します。最後には滞納時に使える納税緩和制度について解説するため、滞納の懸念がある企業や、既に年金事務所や労働局から支払催促をされている方はぜひ参考にしてください。
社会保険料の滞納が増えている背景
企業は従業員の給与額に応じて計算した社会保険料を支払う必要があります。しかし社会保険料を滞納する企業が増えています。滞納する企業が増加している背景には主に以下の3つの要因が挙げられます。
業績不振による滞納
2019年10月の消費税の増税、円安による仕入原価の上昇により、業績不振が相次いでいる企業が増加していることが社会保険料を支払えない企業が増えた要因の一つとして挙げられます。物価高となった今、原価の高騰により販売価格にも影響を及ぼし、消費量も低下していることで経営が不安定になり、十分な利益が確保できない企業も多いのではないでしょうか。さらに新型コロナウイルスの影響により営業自粛、休業申請が余儀なくされ、赤字経営に陥る企業も増えたことが、社会保険料を滞納する企業が増加している要因となります。
小規模企業の増加
近年では起業する方が増えたものの、社会保険料に関する知識不足や支払いを後回しにする方が増えたことも一つの要因です。新型コロナウイルス以降、働き方を考えなおす方が増え、フリーランスや個人事業主として活動する方、さらに簡単に起業できる時代となりました。しかし経営を行った経験がない方も多く、社会保険を未加入のままという方もいらっしゃいます。法人はもちろん、個人事業主であっても5人以上雇用する場合は社会保険への加入は必須です。保険に関する知識が乏しいため、未加入のまま経営し、後々加入は義務だったことを知ったという方も多いです。さらに起業当初は売上高も少なく、十分な利益が確保できないことから、社会保険料を支払えず滞納しているという企業も増加していることが要因の一つとして挙げられます。
社会保険料が引き上げになる可能性がある
2023年03月31日、政府は異次元の少子化対策により社会保険料を引き上げる検討に入りました。本政策は子育て世帯の支援をするため、住宅ローンの軽減や保育サービスを拡充する施策です。一方財源確保のため、年金・医療・介護・雇用の4保険のうち、公的医療保険の月額保険料に上乗せする案が有力とされています。そのため企業が支払う社会保険料が増加する可能性が高いです。今後支援策が導入されなければ、社会保険料を滞納する企業はより増える懸念があります。
社会保険料を滞納した場合に起こること
企業を経営している方は必ず加入する社会保険料ですが、滞納している企業も多いです。そのため、自身の会社も滞納しても大丈夫と考える方もいらっしゃいます。しかし滞納によって生じるリスクや損失は大きいです。ここでは社会保険料を滞納することによるデメリットを紹介します。
催促状が届く
社会保険料を滞納した場合は約1か月前後に催促状が送付されます。催促状には納付書が添付されており、期限までに支払えば問題ありません。しかし納付しないままにすると督促状が送られてくるうえ、場合によっては電話確認や年金事務所の担当者が訪問することもあります。社員の方が社会保険料を滞納していることを知り、会社の経営に不安を持つ方も増えてしまうデメリットがあります。
延滞金が請求される
催促状に添付された納付書の期限を過ぎて納付した場合、延滞金が発生し、滞納している社会保険料とは別に支払う必要があります。延滞金は延滞日数や未納額によって異なり、具体的には以下の計算式で算出できます。
延滞税=(未納額×税率×延滞日数)/365日 |
税率は納税期限の翌日から2か月を境に以下の通り定められており、いずれか低い税率で算出されます。
本則税率 | 令和3年1月1日以後 | |
納税期限の翌日から2ヶ月まで | 7.3% | 2.4% |
納税期限の翌日から2ヶ月以降 | 14.6% | 8.7% |
例えば納付期限から3か月経過し、未納額が500万円と仮定すると、「延滞税=(500万円×8.7%×90日)/365日=10万7,260円」となります。延滞税は延滞日数が増えると納税額も増加するため注意してください。
資格喪失する
社会保険料の滞納によって、社会保険適用事業所の資格を喪失することにもなりかねません。つまり社員または社員の家族の健康保険証が使用できなくなり、通院している方は高額な医療費を支払うことにもなるでしょう。もちろん社員は社会保険が適用できる一般企業に転職することになるため、資格喪失だけでなく、人手不足による経営悪化にも繋がる可能性があります。
財産調査が行われる
催促状や督促状を無視したままにすると会社の財産だけでなく、経営者の財産を調査し、後に差し押さえできる財産調査が行われる場合があります。社会保険料を滞納したままにすると公権力にて強制調査・捜査が行われるため、回避することはできません。もちろんケースバイケースであるため100%行われることではありませんが、次で紹介する差し押さえの前準備であると認識して良いでしょう。
差し押さえを受ける
滞納したままにすると、社会保険料額に充当する財産を差し押さえられる可能性があります。差し押さえられる財産は主に以下の通りです。
- 現金・預貯金
- 所有不動産
- 取引先に対する売掛金など
現金や預貯金が差し押さえされると、仕入れなどが出来なくなる可能性も高く、本社がある不動産が差し押さえされると経営ができなくなります。さら取引先に対する売掛金が差し押さえされると、信用力が低下してしまうでしょう。差し押さえは年金事務所などが社会保険料を回収する最終手段です。差し押さえされた企業は経営はおろか廃業にもつながりかねないため、事前に対策を行う必要があります。
金融機関からの融資が停止・否認される
社会保険料を滞納すると、信用力を重視している金融機関からの融資が停止される可能性もあります。預貯金が差し押さえされると金融機関に知られてしまいます。その結果企業に対する信用力が低下してしまうため、現在借入している融資が打ち切られる可能性もあります。もちろん融資を借りたくても否認されてしまうため、より資金繰りが困難になるデメリットがあります。
取引先にも知られる
取引先に対する売掛金が差し押さえされると、取引先にも社会保険料を滞納していることが知られます。その結果取引停止にもつながりかねません。さらに業界内で噂になってしまい、どの企業とも取引できないという場合もある可能性もあります。
社会保険料の分納が許されていたが一括納付が迫られた事例が続出
社会保険料を滞納した場合、毎月一定額を支払う分納(猶予)が認められるケースがあります。しかし分納を約束した年金事務所から一括納付が迫られている企業も少なくありません。年金事務所と滞納している社会保険料を分納することで同意を得たものの、期間が経ってから支払いを一括請求され、「売掛金を差し押さえる」と言われる企業も多いです。さらに「金融機関から融資を受けろ」「何とかして支払え」「納付しない方が悪い」と暴言を言われた方もいらっしゃいます。実際に以下のグラフのように年金事務所による差し押さえ件数が増加傾向にあります。
差し押さえをされた企業は経営はおろか生活に支障が出ます。しかし実際は年金事務所の強引さに財産を渡している企業も少なくありません。ではどのような対処を行った方が良いのでしょうか。次の項では4つの対処方法について紹介します。
社会保険料を支払えない場合の対処法
「社会保険料が支払えない」「既に滞納している」方に向けて、対処法を4つ紹介するため、事前に理解しておくことをおすすめします。
支払いの相談をする
社会保険料の窓口である「年金事務所」「労働局」に相談することで、猶予や特例を認めてくれる場合があります。新型コロナウイルスの影響によって業績不振になった企業や、著しく利益が減少した企業には、相談内容によっては納付期限の猶予などを受け付けてくれる場合があります。もちろん支払えない正当な理由などが求められるため、事前に専門家からアドバイスをもらってから相談することをおすすめします。また社会保険は「健康保険」「介護保険」「厚生年金保険」「労災保険」「雇用保険」の5つに分かれ、相談先が異なります。詳しくは以下の表を参考にして、間違えないように注意しましょう。
社会保険の種類 | 相談先 |
健康保険 | 年金事務所 |
介護保険 | |
厚生年金保険 | |
労災保険 | 労働局 |
雇用保険 |
納税緩和制度を利用する
納税緩和制度を利用すれば、「差押え解除」「延滞税の免除」「分納1年(延長可)」が適用できる場合もあります。本来納める社会保険料の金額に変わりはありませんが、納付期限を待ってもらうことや差し押さえを回避できるメリットがあります。その結果社員の方に迷惑をかけることもなければ、取引先に知られることもありません。では具体的にどのような方法であるかは、もちほど紹介します。
弁護士に相談する
経験豊富な弁護士に相談し、滞納者に代わって社会保険料の滞納金について年金事務所に交渉してもらうことも可能です。この分野に経験豊富な弁護士であれば、年金事務所の関心や特徴をよく理解しており、交渉の結果、分割払いなどを勝ち取ることができる可能性があります。経験豊富な弁護士と、会社の資金繰りの見通しや会社の財産の状況についてよく説明して対策を話し合いましょう。年金事務所が分納を受け入れてくれるかどうかについては、会社の資金繰りの見通しや会社の財産の状況に大きく左右されます。また未然に年金事務所からの差し押さえを回避でき、事業を継続できる可能性も高まります。
破産を検討する
どうしても滞納金を支払えない場合は、破産を検討する必要があります。経営者としては従業員の生活にも支障がでるため、最終手段として認識しておきましょう。破産することで請求する企業が存在しなくなるため、支払う必要がなくなります。とはいえ、今後の生活にも大きな支障がでる判断です。弁護士などに相談してから決めましょう。
社会保険料の滞納時に使える3つの納税緩和制度とは
社会保険料の滞納時に使える納税緩和制度は3つに分かれているため、それぞれ紹介します。
納付の猶予を申請する
納付の猶予を申請することで、支払期限の延長をすることができます。延長期間は納付期限から原則1年ですが、最長2年まで猶予することができます。ただし納付の猶予を申請をするためには以下のいずれか一つの条件に該当している必要があります。
- 震災や自然災害、火災などによって財産的被害を受けたり、盗難にあったこと
- 事業主または生計を一にする親族が病気や負傷したこと
- 事業の廃止または休業したこと
- 前年度の利益より損失額が1/2以上であること
- その他以上の事由に類する事実があったこと
納付の猶予が認可されると、延滞税も一部または全部を免除してもらうことも可能です。さらに財産の差し押さえも猶予してもらえるため、猶予期間に支払う社会保険料分の資金を貯めて収めることができます。
分納を利用する
納付の猶予は支払期限の延長ができますが、滞納した社会保険料を分納することも可能です。分納に関しては明確な分納期間や条件が定められていないため、年金事務所や労働局が判断することになります。そのため分納したいという意思表示だけでは認められることがなく、正確に説得できる材料が必要です。具体的には財産の収支状況や資産状況、会社の利益状況などの報告書を作成して提出します。とはいえ、年金事務所などによって判断は異なるため、専門家に相談してから交渉することが大切です。
換価の猶予を申請する
所有している財産の差し押さえの換価を猶予する制度です。社会保険料を滞納する前、もしくは滞納した直後に申請することが可能です。換価の猶予が認められる条件は以下の要件をすべて満たす必要があります。
- 社会保険料の納付意思があること
- 納付期限から半年以内に申請すること
- 換価の猶予を受けようとする保険料寄りも前の滞納・延滞金がないこと
換価の猶予は社会保険料が支払えない理由を特定せず、支払いが困難な場合に利用できます。ただし100%申請が認可されるというわけではありません。そのため換価の猶予を利用する際は、事前に専門家に相談し、適用できるか確認しておくことをおすすめします。
まとめ
社会保険料を滞納している企業の多くは、新型コロナウイルスの影響などによって業績不振に陥っているケースが多いです。さらに今後は異次元の少子化対策により社会保険料を滞納する企業増加が懸念されます。社会保険料を滞納すると財産の差し押さえなどのリスクが伴います。そのため事前に納税緩和制度を理解し、申請できる準備を行っておきましょう。ただし、納税緩和制度には細かな条件が定められているうえ、年金事務所などへの伝え方も重要です。そのため専門家に相談してから制度を利用しましょう。弊社では社会保険料の問題をはじめ、法律に関する相談も承っております。ぜひお気軽にお問い合わせくださいませ。