政府は、2022年をスタートアップ創生元年とし、5年間でスタートアップへの投資額10倍増を目標として、2022年末に「スタートアップ育成5か年計画」を策定しています。
その中でも、女性、若者、シニア世代における起業を支援する資金制度として設けられているのが、日本政策金融公庫の「女性、若者/シニア起業家支援資金制度(スタートアップ支援資金制度)」です。
今回は、この日本政策金融公庫の「女性、若者/シニア起業支援資金制度(スタートアップ支援資金制度)」がどのようなものなのか、また、その特徴や利用方法などについて解説します。
女性、若者/シニア起業家支援資金制度(スタートアップ支援資金制度)とは
女性、若者/シニア起業家支援金制度(スタートアップ支援資金制度)とは、優れたアイデア・技術を持つ若い人材、また、既に高度な技術や経験を持っている女性及びシニア世代の人たちが、起業をすることを資金的に支援する制度として設けられた、日本政策金融公庫の融資制度です。
まず、この日本政策金融公庫の「女性、若者/シニア起業家支援資金制度(スタートアップ支援資金制度)」とはどのような制度なのか、概要について、説明します。
女性、若者/シニア起業家支援資金制度(スタートアップ支援資金制度)の位置づけ
政府は前述の通り、2022年をスタートアップ創生元年と位置付け、日本における起業家の事業の創業を強力に支援していくことにしました。この背景には、日本政府が、日本が欧米諸国に比べて開業率やユニコーン(時価総額 1,000 億円超の未上場企業)の数が低い水準であるという状況に、大きな変化をもたらしたいと考えているという政策の意図があります。
日本もかつて太平洋戦争後まもなくの時期には、多数の企業が起業し、それらの企業が成長することによって、現在の大企業やグローバル企業となって、日本経済をけん引してきました。
今後も、日本経済が世界の中で発展していくためには、戦後と同様に、新しい企業が起業して生れ、発展していくことで、持続可能な経済を実現していく必要があります。そのためには、まず、国としては、起業を支援していくことが重要となります。
起業支援制度のなかでも、優れたアイデアや技術を習得し、意欲も高いけれども、起業する資金が足りない若者、既に高い技術や知識を有しているけれども、一旦、家庭に入り、子育てを行っているような女性、同様に十分な技術や知識、経験を有しているが、企業での役割を終えたシニア世代が新たに起業することを支援する制度として「女性、若者/シニア起業家支援資金制度(スタートアップ支援資金制度)」は創設されています。
この「女性、若者/シニア起業家支援資金制度」自体は、15年以上前にはすでに存在していましたが、2022年をスタートアップ創生元年として、様々な人たちの起業を後押しして、日本経済の活性化を図りたい政府は、「女性、若者/シニア起業家支援資金」の役割は、日本でスタートアップを増やすためには、改めて重要な制度であるとの位置づけをしています。
国民生活事業における「女性、若者/シニア起業家支援資金」
国民生活事業に対する支援融資とは、小規模企業や個人事業主が行う事業に対する日本政策金融公庫の融資制度です。個人事業主やフリーランス、業種や企業規模(資本金・従業員数)で定められている一定規模に満たない小規模事業者が対象となります。
日本政策金融公庫では、これらの事業に対するさまざまな小口融資制度をそろえており、そのうち、女性、若者、シニア世代に対しては、特別に「女性、若者/シニア起業家支援資金」制度を用意しています。
中小企業事業における「女性、若者/シニア起業家支援資金」
中小企業事業とは、業種や企業規模(資本金・従業員数)で定められている一定規模以上の事業者が行う事業のことで、日本政策金融公庫では、それぞれの業種に対してその規模を定めています。
例えば、製造業(一部事業を除く)、建設業、運輸業などでは、資本金3億円以下または従業員300人以下とその事業規模が定められています。日本政策金融公庫では、これらの事業規模の事業者に対しても、中小企業事業における「女性、若者/シニア起業支援資金」として融資を行うこととしています。
女性、若者/シニア起業家支援資金制度(スタートアップ支援資金制度)の特徴
日本政策金融公庫では、さまざまな事業に対して政府の方針に基づき支援をする支援資金の制度が用意されています。その中で、「女性、若者/シニア起業家支援資金制度(スタートアップ支援資金制度)」はどのような特徴があるのかを見ていきます。
まず、第一に、日本政策金融公庫の支援資金の特徴は、一般の金融機関から資金を調達するのに比べて、利息が低いという特徴があります。日本政策金融公庫は国から100%の出資を受けて設立された政策金融機関です。国の政策に則った金利や期間の設定をした資金を提供することで、国民や民間企業の資金調達をしやすくするという役割を持っています。そのため、その政策に合った事業などを行う場合には、政府の政策を推進することになるため、日本政策金融公庫は、一般の金融機関から資金を調達するよりも有利な条件で資金融資を行います。
日本政策金融公庫の女性、若者/シニア起業家支援資金は、国が女性や若者/シニア世代の起業を促進したいという政策に基づいて、それらの人たちが資金を調達しやすいように、さらに低い特別利率の適用がされます。このことによって、女性、若者、シニア世代で起業をしたい人にとっては、さらに有利な金利や適正な融資の期間が設定されているということが言えます。
次に、女性、若者/シニア起業家支援資金の主な特徴としては、「新創業融資制度と組み合わせることができる」ということと、「廃業歴のある人が前事業の債務返済に使える」ということが挙げられます。それらの内容については、ここから詳細に見ていこうと思います。
女性、若者/シニア起業家支援資金は新創業融資制度と組み合わせることもできる
女性、若者/シニア起業家支援資金は、新創業融資制度などの日本政策金融公庫の他の融資制度とも併用することができます。このことは、日本政策金融公庫のホームページの国民生活事業の女性、若者/シニア起業家支援資金紹介ページに特に併用できる融資制度という欄が設けられていることからもわかります。
日本政策金融公庫のホームページによると、併用できる融資制度は、「新創業融資制度」、「担保を不要とする融資制度」、「経営者保証免除特例制度」、「創業支援貸付利率特例制度」、「設備資金貸付利率特例制度」です。
女性、若者/シニア起業家支援資金は廃業歴のある人が前事業の債務返済に使える
女性、若者/シニア起業家支援資金は、廃業したことのある人が、その廃業した事業の負債を返済して、新たに起業するというためにも利用することができます。一般の金融機関から資金を調達する場合には、既に廃業したような事業の清算に借り入れを行うということは、非常にハードルが高いというのが一般的です。
しかし、女性、若者/シニア起業家支援資金の政策目的である、女性や若者、シニア世代が新たに事業を起こすことを積極的に支援したいということを達成するためには、一度事業にチャレンジしたものの、失敗した人たちが再び事業を興すということに支援をするということも重要であると考えられます。
このような理由から、女性、若者/シニア起業家支援資金は、以前に廃業した事業の債務返済に使うことも認められており、これが女性、若者/シニア起業家支援資金の制度の特徴の一つと考えられます。
女性、若者/シニア起業家支援資金を利用できる人
女性、若者/シニア起業家支援資金を利用できる人は、その名前のとおり、女性、若者、シニア世代の起業をしようとする人達です。具体的には次のような人たちが女性、若者/シニア起業家支援資金の対象です。
まず、日本政策金融公庫の女性、若者/シニア起業家支援資金は、女性であれば、年齢を問わず利用することが可能です。また、若者とされる35歳未満の人と、シニア世代とされる55歳以上の人も利用可能です。
逆に言えば、35歳以上55歳未満の男性以外の人は、女性、若者/シニア起業家支援資金を利用することができます。
女性、若者/シニア起業家支援資金の融資金額や返済期間
女性、若者/シニア起業家支援資金の融資金額の国民生活事業の場合の限度額は、他の国民生活事業の支援資金と同様、7,200万円、うち運転資金は4,800万円と設定されています。
しかし当然、融資の際には審査があり、事業規模や事業の安定性、返済能力、事業計画の実現可能性、起業している事業における実績などにより、具体的な融資額が決まります。このため、7,200万円の限度額いっぱいまで融資を受けるということは難しく、実態としては、100万円から1,000万円の範囲での融資が行われるということが多いようです。
一方、中小企業事業における女性、若者/シニア起業家支援資金の場合には、その融資の限度額は、7億2,000万円、そのうち運転資金は2億5,000万円に設定されています。この場合も同様、実際の融資の際には、審査によって具体的な融資額が決められます。
次に、返済期間ですが、国民生活事業への融資も中小企業事業に対する融資のいずれも、設備資金として借り入れる場合には、返済期間が20年以内、据置期間が2年以内と定められています。
また、運転資金として借り入れる場合には、返済期間が7年以内、据置期間が2年以内と定められています。ちなみに据置期間というのは、利息のみを返済すればよい期間で、その期間は元本を返済する必要がないことから、事業を行う側のキャッシュフローとしては、事業開始当初の金融負担が軽減され、有利に働きます。
しかし、実態としては、据置期間を最大限の2年とできることはほとんどなく、だいたいの場合の融資が、据置期間を半年程度となると考えておいた方がよいようです。
この返済期間も、事業規模や事業の安定性、返済能力、事業計画の実現可能性、実績などについて日本政策金融公庫が審査をして決められることになります。
女性、若者/シニア起業家支援資金を受けるまでの流れ
日本政策金融公庫の女性、若者/シニア起業家支援資金を受けるまでの手続きの流れは次のとおりです。一般的に支援資金を受け取るまで、最低でも3~4週間を要すると言われています。
まず、女性、若者/シニア起業家支援資金の融資を受ける手続きは、日本政策金融公庫に問い合わせをすることから始まります。問い合わせは、「創業ホットライン」「創業サポートデスク」「ビジネスサポートプラザ」のいずれかに相談することになります。これらの問い合わせ先で今後の具体的な手続きについて説明を受けましょう。
次に必要書類を日本政策金融公庫の支店に「持参」または「郵送」します。提出する書類は
- 借入申込書
- 創業計画書
- 設備資金の申込の場合は見積書
- 履歴事項全部証明書または登記簿謄本(法人の場合)
- 担保を希望する場合は、不動産の登記簿謄本または登記事項証明書
- 運転免許証(両面)またはパスポート(顔写真のページおよび現住所等の記載のあるページ)のコピー
- 許認可証のコピー(飲食店などの許可・届出等が必要な事業を営んでいる方)
です。
必要書類を提出すると、日本政策金融公庫の職員による面談や事業所などの訪問があります。面談では、事業の計画などの内容について詳しくヒアリングがあります。その際、計画についての資料や資産・負債のわかる書類などの準備が求められ、それらを用いての説明が求められます。また、実際に店舗や工場などがある場合には、それらの訪問も行われます。そして、日本政策金融公庫は、事業計画や面接でのヒアリング内容などをさまざまな角度から検討、審査し、融資の判断をします。
日本政策金融公庫内での審査に通って融資が決まると、借用証書など契約に必要な書類が契約センター又は支店から送付されます。それに従って契約書類に必要事項を記入し、契約の手続きが終わると、融資金が希望する銀行などの口座に入金されます。
女性、若者/シニア起業家支援資金の使用例
日本政策金融公庫の女性、若者/シニア起業家支援資金の用途別の具体例としては、次のようなものが挙げられます。
設備資金としては、「店舗内装工事費用」「賃貸保証金」「事業用車両購入費用」「事務機器購入費用」など、事業を行うにあたって必要となる設備への資金として使われます。
また、運転資金として、「売上が回収できるまでの仕入れ資金」「人件費」「店舗または事務所家賃」など、会社経営を継続するうえでの資金として使われているのが一般です。
次に女性、若者、シニアそれぞれの具体的な業種としての特徴を見ていきます。まず、女性であれば、ネイルサロンやエステティックサロンなどの美容関係、料理教室、着付け教室、英語教室などの自宅教室、ショップ経営、カフェの経営、子育て支援関係、教育などの業種での使用がよく見られます。これらの業種でも、サロンやカフェの経営では設備投資が必要となりますし、一方で教室などの経営でも自分での集客に自信がなければフランチャイズでの経営をするなど、運転資金としての融資の利用も見られます。
また、若者の場合は、居酒屋、BAR、ラーメン屋などの飲食店、IT関係や新しい分野の業種での起業が多く見られます。店舗での経営を行うためには、当然、事業の開始にあたって、相当額の設備投資が必要となりますし、IT系であっても、一定の機器や設備への設備投資や運営資金が必要となるため、これらへの事業開始のための資金として、女性、若者/シニア起業家支援資金を活用できます。
最後に、シニア世代がこの女性、若者/シニア起業家支援資金を使って起業をする事例としては、不動産業、長年の趣味や職歴での実績に基づく分野での起業、会社で勤務していた時に培った組織のマネジメントスキルを活用して、新たなビジネスモデルを構築して会社経営をするなど、さまざまな起業が見られます。これらの事業を行うにあたっても、店舗や事務所などの設備への投資や会社の運転資金のために女性、若者/シニア起業家支援資金を有効に活用する事例が目立っています。
女性、若者/シニア起業家支援資金制度(スタートアップ支援資金制度)の注意点
これまで見てきた通り、女性、若者/シニア起業家支援資金制度は、対象に当てはまる人たちが起業をするにあたっては、とても有利な資金調達手段であると言えます。
しかし、いくつか注意を要する点もありますので、これらについて述べておきます。
対象者が決まっている
この日本政策金融公庫の女性、若者/シニア起業家支援資金の制度の対象者は、女性または35歳未満または55歳以上の人です。逆に言えば、35歳以上55歳未満の男性は対象ではありません。この点にまず注意を要します。
約1ヶ月弱の審査期間がある
次に、女性、若者/シニア起業家支援資金によって融資を受けるためには、それなりの審査期間が必要になります。よって、申請してすぐに融資を受けられるということではありません。前述のとおり、申請してから約3~4週間してから、融資を受けられるということについても注意を要します。
基本的に起業をする人のための資金支援制度ですから、多くの人は借り入れができてから事業を開始すればいいので、借り入れに時間を要することは特に問題とはならないと思います。しかし、事業開始後7年以内の人たちも対象となっていますが、それらの人たちが起業をして事業を継続している途中で運転資金などが不足し、至急キャッシュが必要な場合に、この制度で借り入れようと思っても、1週間以内に融資を受けるというようなことは困難であるということです。このように融資に一定の期間が必要だということは、この日本政策金融公庫の女性、若者/シニア起業家支援資金を利用する際には注意が必要です。
まとめ
今回は、政府系金融機関である日本政策金融公庫の女性、若者/シニア起業支援資金制度(スタートアップ支援資金制度)による融資について解説を行いました。
政府が力を入れていることもあり、女性、若者/シニア起業支援資金制度(スタートアップ支援資金制度)による融資は、起業を行うにあたって、必要となる設備投資や運転資金を低金利で非常に有利に借り入れができる制度ですので、積極的に活用したいところです。