経営を圧迫するような負債を抱えると企業も倒産に傾きます。そのような時、抵当に入れた不動産をお持ちのケースでは「任意売却」という方法で危機を脱することもできます。
本章では法人不動産の任意売却活用方法を紹介し、メリットやデメリットなどを解説していきます。
融資の返済ができない!競売の怖さとは
法人の事業では、不動産を担保に入れて、金融機関からの融資を運転資金に使い安定した事業運営を行うことが可能です。
経営が順調に進んでいる間は問題ありませんが、経営につまずくと予想したリターンを得ることができなくなります。
小さな損失であれば次のチャンスで挽回できますが、不振が長引けば元手も底を突きます。
受けた融資は当然弁済を求められるので、もし焦げ付かせてしまったら大変です。
抵当に出した不動産は取り上げられ、競売にかけられる運命となります。
競売を避けるには融資を全額弁済して債務を解消し抵当権を外すしかありませんが、資金体力が落ちた状態では難しいでしょう。
不動産を市場に出して売ることも考えられますが、売却予想額が融資の残債をカバーできなければ抵当権を外せないので、結局売ることができません。
そのままでは競売に進んでしまうことになりますが、競売は市場で売るよりもかなり安い金額でしか買い取ってもらえません。
買い手と交渉する権利もなく、市場の半額程度にまで価格が下がってしまうこともあります。
安く買いたたかれることも悲しいことですが、問題はそれ自体ではなく、融資の返済資金もそれだけ少額しか手に入らないということです。
競売で得た資金は融資の返済資金に回せるものの、少額では残債を解消するには及ばないでしょう。
残った債務はなお弁済義務が残りますので、大きな負債の返済を続けていく羽目になります。
残った負債が大きければ、倒産しなければならないかもしれません。
当面の倒産は何とか避けられたとしても、競売にかけられた不動産が自社の経営に必要なものであれば、その後のビジネスは立ち行かなくなるでしょう。
このようなケースで、不動産を任意売却という方法で売ることができれば、倒産を避けることができたり、事業運営を続ける道を作ることができます。
任意売却とはどういうものか、次の項で見てみましょう。
任意売却とはどういうものか?
任意売却というのは、抵当権を外すことができず市場で売却できない不動産について、諸々の障害を取り払って市場で売ることができるようにする、特殊な売却手法です。
銀行融資や不動産担保ローンなどを利用する際に抵当物件として不動産を利用すると、融資を受ける代わりに当該不動産には抵当権が付けられます。
万一融資の回収ができなくなった時に備えて、融資を行う金融機関が設定するものですが、弁済がしっかりなされれば抵当権を外してもらうことができます。
もし融資相手が弁済を滞らせた時は、抵当不動産を競売にかけて換金し、そこから融資に投下した資金の一部を回収するのが基本的な債権回収の方法です。
しかし、競売では少額の資金回収しかできませんから、それは金融機関側にとっても好ましいことではありません。
当然、債務者側もデメリットが大きいので、競売は何とか避けたいと思っています。
もし、先に抵当権を外してもらうことができれば、市場で高値で売ることができます。
債務者はそれだけ多くの弁済が可能になり、債権者側もより多くの資金を回収できます。
この両者win-winを可能にするのが「任意売却」です。
- 市場で高く売ることができること
- 短期間に買い手を見つけることができること
- 債権者にとってもメリットが大きいこと
などを上手に説明し、債権者に納得してもらうことで、抵当権を外して市場で売りに出すことができます。
任意売却は短期間で成功させなければならないので、市場価格より若干安い値で市場顧客にアピールする必要がありますが、半額程度にまで落ち込むことがある競売よりははるかにマシです。
しかし、任意売却は必ずしも債権者が認めてくれるとは限りません。
粘り強い交渉と説得力のある説明が求められる大変難しいものですが、成功させることができれば非常に多くのメリットをもたらすことになります。
次の項からは、任意売却の具体的なメリットやデメリットについて見ていきます。
任意売却のメリット
本来の不動産価値を最大限利用できる
競売では市場価格の半額程度まで値が落ちることもあり、その不動産が本来持つ価値を十分に発揮できません。
任意売却ではほぼ市場価格に近い値で売れるので、不動産としてロスの無い価値を十分に発揮することができます。
債務の圧縮効果が大きい
高い値で売れるということは、返済義務のある債務をそれだけ圧縮できることになります。
例えば融資の残債が1000万円で、およその市場価値が900万円程度の不動産があれば、競売では450万円程度に値が落ちる可能性があります。
その場合は残額の550万円の債務はなお残ります。
任意売却で800万円程度で売ることができれば、残債務を200万円までに圧縮することができます。
会社の信用低下を避けることができる
競売では所定の手順に従って競売物件が広く世間に公開されてしまいます。
日本の会社経営は「信用リスク」というものに非常に敏感に反応しますから、少しでも相手企業の経営状況に心配を感じると、取引に慎重になったり、取引を避けられてしまう事態も起こり得ます。
手形の不渡りなどがその典型ですが、競売というのは所有者が債務の不履行を果たした結果として生じるものですから、明らかにその会社の状態は悪化しているという証拠になります。
自社の不動産が競売にかけられることが世間に知られてしまうと、大きな信用の低下につながり、事業の継続に支障をきたすことになるかもしれません。
任意売却はそのようなことはなく、普通に市場に売りに出せるので会社の信用低下を引き起こしません。
リースバックで事業継続が可能
売却する不動産が事業経営にどうしても必要なものである場合、競売で買われてしまうと事業を続けることができなくなってしまいます。
任意売却では売り手側が買い手を誰にするか選ぶことができるので、これを利用してリースバックによりその不動産を使い続けることができるようになります。
リースバックとは、不動産を売却した後、買い手に賃貸料を支払って借り受けるというものです。
所有権は手放しますが、賃料を払えば利用できますから、事業の継続もできるようになります。
リースバックに応じてくれる買い手を探す必要がありますが、親族や友人知人の他、リースバック事業を行う事業者もいるので、こうした買い手を探すことになります。
倒産を回避できる
任意売却により債務を圧縮できれば、倒産の危機に瀕していても立て直しの道が見えてきます。
民事再生法や会社更生法などの法的な処理手続きによらず、柔軟に債務整理が可能な私的整理の手法と組み合わせることで、現実に即した柔軟な立て直しが可能になります。
仮に、結果として残念ながら倒産を免れなかったとしても、かなりの期間を延命できますから、その間に専門家と相談の上で、できるだけ多くの資金を代表や役員に支払うなどの配慮ができます。
破産が簡単になる
仮に会社が破産する場合でも、任意売却で不動産資産を先に売却しておくことはメリットがあります。
法人の破産手続きをする際に会社に資産があると、管財事件となり手続きが長引く上に、必要な費用も大きくなります。
破産手続き時に会社に資産が少なければ少額管財事件となり、時間も費用も少なくて済みます。
資産がほとんど無い場合は同時廃止といって、さらに簡略化された手続きとなり費用もほとんどかかりません。
自宅を担保にしている場合のメリット
法人経営では代表者が自宅を担保に提供しているケースも多くあります。
この場合、自宅を競売にかけられると家族への影響も出てきます。
競売では裁判所の担当者や購入希望者などがひっきりなしに訪れ、上から目線で値踏みしていくので、心理的な負担も大きくなります。
また競売では引っ越し費用の融通も利きません。
任意売却では内見があるとしても、対等な関係ですからそれほど心理的な負担はありません。
また引っ越し費用の確保もしやすいので、転居するにしても負担は軽くなります。
また上でお話したリースバックの手法を用いれば、引き続き自宅に住み続けることもできます。
任意売却ならば、家族への影響も最小限にとどめることができます。
デメリットと注意点
任意売却には以下のようなデメリットや注意点があります。
債権者の承諾を取るのが難しい
今一度思い返してほしいのですが、抵当権が付いた不動産はそのままでは売りに出すことができないので、先に抵当権を外す必要があります。
これには債権者の承諾が必要で、このハードルが非常に高いため全てのケースで利用できるとは限りません。
債権者は任意売却に応じる義務がないことを前提に、お願いベースでメリットを上手に説明して承諾を取り付ける必要があります。
早期に売却を成功させなければならない
任意売却を進める手順は下の項で説明しますが、この手法を用いる場合早期に買い手を見つけて売却を成功させる必要があります。
通常の仲介売却では、売り主の事情が許せば気長に条件の良い買い手候補が現れるのを待つことができますが、任意売却は一定期間内に売却を成功させないと結局は競売に進んでしまいます。
市場価格より少し安くなる
早く売却を成功させなければならないことから、市場価格の目安よりは少し安めの値段設定にして、他のライバル物件よりも魅力を出す必要があります。
結果として相場よりも若干安い売却価格になります。
業者選定が難しい
任意売却を進めるにあたっては、債権者の説得や速やかに売却を成功させるための見込み客の確保など、実務面の難度が非常に高くなります。
経験やノウハウが必要な手法ですので、どこの不動産業者でも対応できるわけではありません。
仮に任意売却ができるとうたっていても、本当に経験が豊富かどうかは素人が一見しては分からないでしょう。
日頃から不動産問題を多く扱う弁護士であれば、業務上で業界に精通しているので、信頼できて経験豊富な任意売却に対応できる業者と連携することができます。
破産を認めてもらえない可能性
会社の破産手続きを取る場合、特定の債権者にのみ債務を弁済する行為や、財産隠しなどの行為があると裁判所が破産を認めてくれないことがあります。
近い将来の倒産を見据えて、短期間のうちに焦って不動産の売却を進めると、融資をした債権者だけに弁済を行い、他の債権者の利を害したとして破産が認められない可能性もでてきます。
また親族等に市場価格とは乖離がある値段で売却したような場合も同様です。
このリスクに備えるには、会社の破産手続きに詳しい弁護士と相談して、不動産売却から破産までのスケジュールを調整する他、諸々の配慮が必要です。
任意売却を利用するための手順とスキーム
ここでは、任意売却を進める手順とスキームを見ていきます。
まずは競売に進む流れを時系列で確認します。
滞納と代位弁済
融資や事業ローンなどの債務の弁済を滞納しても、すぐには競売とはなりません。
大体6回分ほどの滞納が発生すると、競売に向けての第一段階に進みます。
融資やローンに保証会社が入っている場合、債務者に代わって保証会社が金融機関に債務の弁済を行います(代位弁済)。
以後は保証会社が債権者となって債権回収を行いますが、この時債務者は「期限の利益」というものがなくなっているため、一括で全額の弁済を求められます。
保証会社が入っていなくても期限の利益を失うことは同じですので、金融機関から直接、全額の一括弁済を求められます。
この時点で滞納開始から概ね半年程度といったところで、この段階であれば任意売却は余裕を持って進められます。
競売の申立てと現況調査
債務の一括弁済がなされないと、債権者は競売の申立てを行います。
裁判所が競売の開始決定を出すと、申立てから大体二か月~三か月ほど後に裁判所による現況調査が行われます。
この段階でもまだ任意売却は十分に可能です。
通知
現況調査後一か月~二か月ほど後、債務者に期間入札通知が届きます。
この中には売却基準価格や入札期間等の情報が記されています。
このラインまでが任意売却ができるギリギリのチャンスです。
競売の実施
上記から二か月程度後には競売で入札され、対象不動産は新しい買い主に買われることになります。
上記時系列のうち、概ね①~②の間、最低でも③までの間に、任意売却を進める実務手続きが必要です。
任意売却事案に強い不動産業者を探し、事情を説明、交渉して任意売却を引き受けてくれるようにお願いします。
そして債権者と連絡をとり、任意売却をしたい旨を伝え、売却予想額や、残債務の返済が滞りなく進められることを上手に説明し、任意売却をすることの承諾を取ります。
あとは通常の売却とほとんど変わりません。
市場で買い手候補を見つけて、交渉していくことになります。
ただし買い手が見つからなければ③から④に進み競売が実施されてしまうので、ゆっくりしている暇はありません。
多少安い値段で売り出し、速やかに買い手を探して交渉を妥結させる必要があります。
まとめ
本章では法人の事業運営を念頭に、不動産の任意売却がどのようなメリットをもたらすか見てきました。
不動産分野の問題においては、デメリットだらけの競売は絶対に避けなければならないこととされています。
安く買いたたかれるだけでなく、残債務の多くが残ってしまう上に事業の継続にも支障をきたすことになるので、競売に進む前に任意売却を考えるべきです。
任意売却は金融機関の担当者から話を持ちかけられることは通常ありませんから、任意売却という方法があることを知っているか知らないかは運命を大きく左右します。
実際の利用については、企業の運営を今後どうするのかなど、不動産以外に多方面からの考察が必要ですので、ぜひ不動産と企業法務に明るい弁護士と一緒に進めていくようにしてください。
不動産問題に明るい弁護士であれば、素人には難しい任意売却に強い不動産業者探しにも苦労しません。
経営状態が危うくなってきた時は、早めに信頼できる弁護士に相談してください。